session007
一宮町にはサーフィンや自然環境に魅了された人々が集まり、
サーフィンと仕事の両立を多様な働き方で叶えています。
今回はそんな新しい働き方について4名の方々にお話を伺いました。
Open A 馬場さん:はじめまして。仕事はOpen Aという設計事務所をベースにしながら、「東京R不動産」という不動産紹介webメディアも14年くらい前に始めました。30代後半に東京暮らしに疲れを感じて、東京の郊外に住む家を探し始めて、湘南なんかも探したんですが、一宮町は土地の値段も安いなど、色々な魅力と可能性を感じて、土地を買って家を建てました。東京にも家があるので二地域居住ですが、最近になって地方創生とかエリアリノベーションとか、そういう視点から一宮町に関わるようになりました。今日はよろしくお願いします。
Elias Garden 清水さん:僕は、東京生まれの現在51歳です。17歳の頃から一宮のサーフポイント志田下とか東浪見に通っていました。24歳の頃に「東京は住むところじゃないな」と(笑)。海の近くということでまずは伊豆の下田に引っ越しましたが、元々10代の頃から知り合いだった一宮のレストラン「Sea Song」の代表のもと、15年前から調理を担当することになりました。下田にも家があったのでいずれは帰るつもりでいたのですが、結局一宮に家を建てて完全にこちらに来てしまいました。
nD 宮本さん:はじめまして。名古屋市出身の27歳です。大学から千葉に来て、ライフセービング部に入ったことでサーフィンと出会いました。学生時代にweb制作のアルバイトをしていて、そのままリモート(オンライン)で働き続けられるんじゃないかと考えて、卒業後すぐの6年前に一宮町に引っ越してきました。今も「株式会社nD」の社員として基本的には自宅で仕事をしています。
建築集団海賊 高柳さん:父が茂原、母が勝浦出身で、自分は茂原出身。純血の外房人です(笑)。今は「建築集団 海賊」という建築施工事務所を茂原と東京でやっています。一年ほど前に一宮に自宅兼お店(カフェ&ダイニングバー 「山本商店」)を建てて、妻と一歳の子どもと暮らしています。高校からサーフィンを始めて、大学は東京の建築学科に入学したので一時はサーフィンをやっていなかったのですが、やっぱり外房とサーフィンが大好きで、大学の仲間と10年前にこちらで会社を興しました。
〜 これからは色々な分野でリモートワークが主流になっていくのかもしれないね 〜
nD 宮本さん:今日は働き方というテーマですが、僕は基本的には朝5時に起きて波がよければ海へ行き、よくなければそこから仕事を始めます。日中は仕事をして、夕方も波がよければサーフィンをするのがベストな1日ですね。今週は波が良さそうだとなれば夜も詰めて仕事をするなど、波に応じて仕事をしています(笑)。でもそこが実は大変な部分でもあり、エンジニアモードとサーファーモードの使い分けというか、自分自身をコントロールするというのが、最近ようやく出来てきたなという感じです。
Open A 馬場さん:面白いなあ!農家は「晴れた日には田畑を耕して雨の日は休む」みたいに天候をみながら仕事をしているけれど、そこから最も遠い存在のwebエンジニアが天候を気にしながら仕事の調整をしているなんて(笑)。
nD 宮本さん:僕はスーツが性に合わなくて就職活動を途中で辞めてしまい、そのままweb制作アルバイトでもいいかと思い、大学卒業と同時に一宮に来ました。来た当初は「株式会社nD」というweb制作会社のアルバイトだったのですが、その後社員として雇ってもらうことになりました。nD代表がアウトドアブランド「Patagonia」創業者の著書『社員をサーフィンへ行かせよう』というビジネス書を読んで、僕がちょうどサーフィンをしていたので半ばネタのようでオモシロイからというノリで採用してくれました(笑)。代表は「インターネットがあるからこそ新しい働き方ができるはず」という考えで、今もポジティブに捉えてくれています。
Open A 馬場さん:確かに、建築の世界でもオンラインツールSkypeでミーティングをすることがすごく増えていますよ。実際に「モノ」を作る世界でもそうなのだから、これからは色々な分野でリモートワークが主流になっていくのかもしれないね。
nD 宮本さん:そうなんです!実際にリモートワークだけで完結できるクライアントさんが増えてきています。うちの会社では、そんなリモートワークの方法を教える側としても活動をしていて、エンジニアの世界だけでなく色々な分野でリモートワークが快適に稼働する働き方を提案しているところです。