session005

今、町が動かなければいつ動くのでしょう!

赤七屋金田さん

赤七屋 金田さん:うちのように田舎で小さなお店を出すって、良くも悪くもローリスクなので、ダメだったらすぐ辞めてという事ができちゃうんです。辞めても潰れても誰も傷まないし。田舎って、そうゆうユルい環境だったりするのは事実です。でも自分たちは、ここに根付いて、20年30年と長く続けていくという信念をもっていて。そのための事業計画を立てて、完全にコミットしてお店をやっています。
なぜそんな風に考えているかと言うと、今は年間2万人くらいのお客さんが店に来てくださるんですけど、子供のお客さんが大人になったとき、自分の子供や家族を連れてまた戻ってくる場所になっていたいんです。そうなるための方法をリアルに計画してやっていて、その為には今のままのお店ではダメで、もっと深いところまでやっていかないとと真剣に考えています。最近、同じように考える人たちがこの町にはたくさん住んでることが分かってきて、そうゆう人と人とが有機的につながって、結果的に町が盛り上がっていくような新たな展開も考えていきたいです。

Sea Side Page 西田さん

sea side page西田さん:今までは、個々の個性的な人の点と点を繋げて、線にして、面にしていく、という部分がなかなか繋がらなかったのが、最近繋がりはじめています。そこではじめて、行政とも手をとって町づくりができるのだと思います。子供達が一宮町から離れていかない、あるいは一度町を離れたとしてもまた戻ってきたいと思うような、一宮ならではの魅力やコンテンツをつくって育てていくことが必要ですよね。僕も、そこに対しては覚悟をもってやっていこうという決意をもっていますし、そうゆう大人の集団がこの町にも出来始めたら素敵ですよね。

子供服ブランド星野さん

子供服ブランド 星野さん:今日もそうですが、この濃い出会いを大事にしたいなと感じます。出会って話して、仕事につながったり、興味が似ていたり。面白い出会いがたくさんあっていい町だなと改めて思いましたし、前向きな気持ちになれました。子供をこの町で育てていく以上、商店街をもっとどうにかしたいという気持ちが私にもあって、夫がこの春、商店街沿いに飲食店をオープンする予定です。そこでまた新たに盛り上げていけたらと思っています。

飯野ママ

飯野ママ:2020年東京オリンピックのサーフィン競技が志田下(釣ヶ崎海岸)に決まったのには驚きましたが、こんなチャンスは二度と来ないと思います。今、町が動かなければいつ動くのでしょう!このタイミングを逃さず動くには、やはり町長の決断です。決断していただかなければ町は動きませんよ。こちらにきて20年近くになりますが、一宮が再生する最大で最後のチャンスですよ!ぜひ頑張っていただきたいです。

東京から移住してきた方々の対談、いかがでしたか?
一宮には面白い人がたくさん住んでいます。ふらりとカフェに立ち寄れば、そこから新たな出会いが広がるかもしれません。
ぜひ一宮の「ひと」に会いにいらしてください。

※この対談は2017年2月に行われたものです

対談者プロフィール

西田雅人さん

1968年生まれ、大阪府出身。
トートバッグ・生活雑貨・写真の「Sea Side Page」経営者。「なみわい企業組合」代表理事。

金田勝巳さん

1977年生まれ、静岡県出身、白子町に移住して6年。
3年前に一年中かき氷が食べられる「上総一ノ宮 こおり 赤七屋」をオープン。

星野ローラルさん

1975年アメリカ生まれ、東京育ち。プロロングボーダーのご主人と一宮町に8年前に移住。6歳男児のママ。
子供服ブランド「LE Cou Cou」デザイナー、経営者。

飯野晴子さん

1943年東京生まれ、東京育ち。
広告代理店営業ウーマンに道を開いた元祖キャリアウーマン。PRプロデューサー。19年前に東京との二地域居住を開始。

ページTOPへ